大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和51年(ワ)1710号 判決 1981年9月22日

原告

丸橋秀明

被告

一心タクシー株式会社

ほか二名

主文

一  被告村山浩は、原告に対し、金一八三九万一四一〇円及びこれに対する昭和四九年三月二九日から右支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告村山浩に対するその余の請求及び被告一心タクシー株式会社、同増田勝洋に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告村山浩との間においては、原告に生じた費用の五分の四を被告村山浩の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告一心タクシー株式会社、同増田勝洋との間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決は、右一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、金二〇九五万円及びこれに対する昭和四九年三月二九日から右支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

次の交通事故(以下、本件交通事故という。)が発生した。

(一) 発生日時 昭和四九年三月二五日午前一一時一〇分頃

(二) 発生場所 横浜市中区打越一五番地先道路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(横浜五五あ七七二六号)

運転者 被告増田勝洋(以下、被告車という。)

(四) 被害車 自動二輪車(横浜ま六九一九号)

運転者 原告(以下、原告車という。)

(五) 事故態様 前記道路上で進路右側に方向転換しようとした被告車とその後方から進行してきた原告車とが衝突した。

2  原告の受傷内容、診療経過及び後遺障害

(一) 受傷内容

原告は、本件交通事故により右股関節脱臼及び顔面挫創の傷害を負つた。

(二) 診療経過

原告は、次のとおり入、通院して右傷害につき診療を受けた。

(1) 村山外科医院

入院 昭和四九年三月二五日から同年五月二七日まで六四日間。

(2) 横浜市立大学医学部病院(以下、横浜市大病院という。)

傷病名 右陳旧性外傷性股関節脱臼。

入院 昭和四九年六月七日から同年九月二八日まで一二四日間。

同年六月二〇日右股関節固定手術施行。

通院 昭和五〇年七月二〇日から同年一一月二五日まで。

通院実日数一一日。

(三) 後遺障害

原告は、次の(イ)、(ロ)の後遺障害を併合して自動車損害賠償保障法施行令別表等級(以下、自賠等級という。)九級に該当する後遺障害を蒙つた。

(イ) 右股関節強直による右下肢の機能障害(跛行、運動時の疼痛、蹲居及び胡坐不能)。一下肢の股関節の機能に著しい障害を残すものとして事故当時の自賠等級一〇級一〇号(現行自賠等級一〇級一一号)に該当する。

(ロ) 右股関節強直による右下肢の一センチメートル短縮。事故当時の自賠等級一三級八号(現行自賠等級一三級九号)に該当する。

(ハ) 症状固定時昭和五〇年一一月二五日頃。

3  責任原因

(一) 被告増田

被告増田は、被告車を運転し、本件交通事故発生場所付近道路上で方向転換する際、後方から進行してくる車両の運行の安全を確認したうえ、状況に応じて停止、進路変更などの適切な操作をして安全に方向転換すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然停止して後方車両の動静に対する注視を怠つた過失により、自車後方から進行してきた原告車と衝突したものであるから、本件交通事故による後記原告の損害につき、民法七〇九条の責任がある。

(二) 被告一心タクシー株式会社(以下、被告会社という。)

被告会社は、本件交通事故当時被告車を所有し、自己の業務のために運行の用に供していたものであるから、本件交通事故による後記原告の損害につき、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条本文による責任がある。

(三) 被告村山

(1) 被告村山は、肩書住所において村山外科医院を開業する医師で、本件交通事故により同医院に入院した原告の前記2(一)の傷害につき診療にあたつた者である。

(2) 同被告は、原告の右傷害を診療するに際し、開業医として適切な傷害の部位程度の診断をし、かつ適切な治療処置を行なつて、原告の傷害による被害の程度を最少限にとどめて治癒させるべき注意義務があるのにこれを怠り、原告の右股関節脱臼につき脱臼部分の完全な整復を行なわないで脱臼状態のままでキルシナー鋼線によるけん引、ギブスによる固定等の治療を行なうという重大な過失により、原告に対し、前記2(二)のとおり同医院及び横浜市大病院における長期の入通院を余儀なくさせたうえ、前記2(三)の後遺障害を蒙らせたものである。

(3) よつて、同被告は、右の医療過誤による後記原告の損害につき、民法七〇九条による責任がある。

4  原告の損害 合計金二四四一万円

(一) 治療費 計金一一五万二六七八円

(イ) 村山外科医院分 金八五万二九〇〇円

(ロ) 横浜市大病院分 金二九万九七七八円

(二) 付添看護費 金二三万三六七五円

村山外科医院に入院中付添看護した光瀬秀子に支払つた費用である。

(三) 入院諸雑費 金九万四〇〇〇円

前記入院日数合計一八八日について一日金五〇〇円の割合で計算した諸雑費である。

(四) 後遺障害による逸失利益

原告は、本件交通事故当時高校一年在学中であつたが、前記後遺障害により、平均的就労可能年齢である満六七歳まで今後四五年間を通じその労働能力の三五パーセントを喪失したものである。そこで、その間の逸失利益を満二二歳の男子労働者の平均月間給与額金一五万七七〇〇円を基礎として新ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して現価に引き直して計算すると金一五三八万六八二〇円となる。

(五) 慰謝料 合計金五六一万円

原告の受傷内容、入、通院の期間、後遺障害の内容等によれば、その肉体的精神的苦痛に対する慰謝料額は次の金額を下らない。

(イ) 入通院分 金一五〇万円

(ロ) 後遺障害分 金四一一万円

(六) 弁護士費用 金一九三万二八二七円

5  損害の填補 合計金三四六万円

原告は、次のとおり金員の支払を受け、前記損害の一部を填補した。

(イ) 被告会社から入院治療費 金五万円

(ロ) 自賠責保険金 金三四一万円

(うち傷害分金八〇万円、後遺障害分金二六一万円)

6  結論

よつて、原告は、被告ら各自に対し、共同不法行為による損害賠償として、請求原因4項の原告の損害額から同5項の損害の填補額を差し引いた金二〇九五万円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和四九年三月二九日から右支払済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告増田及び被告会社の認否

1  請求原因1項の各事実は認める。

2  同2項の各事実は知らない。

3(一)  同3項の(一)のうち、被告増田の過失は否認し、民法七〇九条の責任は争う。

本件交通事故は、原告の制限速度違反、前方不注視、進行区分不遵守の過失によつて発生したものである。

(二)  同項の(二)のうち、被告会社が本件交通事故当時被告車を所有し自己のため運行の用に供していた事実は認めるか、被告会社の自賠法上の責任は争う。

(三)  同項の(三)の事実は知らない。

4(一)  同4項の(一)ないし(三)の損害については知らない。

(二)  同項の(四)ないし(六)の損害額については争う。

5  同5項の事実は認める。

6  同6項の主張は争う。

三  請求原因に対する被告村山の認否

1(一)  請求原因1項の(一)ないし(四)の各事実は認める。

(二)  同項の(五)の事実は知らない。

2(一)  同2項の(一)の事実は認める。

(二)  同項の(二)のうち、村山外科医院に関する事実は認め、その余の事実は知らない。

(三)  同項の(三)の事実は知らない。

3(一)  同3項の(一)、(二)の各事実は知らない。

(二)(1)  同項の(三)の(1)の事実は認める。

(2) 同(2)のうち、被告村山に原告主張の注意義務があることは認めるが、被告村山が右注意義務を怠り原告の右股関節脱臼につき脱臼状態のままにした事実は否認する。

(3) 同(3)の被告村山の責任は争う。

4  同4項の損害額については争う。

5  同5項の事実は知らない。

6  同6項の主張は争う。

四  被告会社の主張

1  自賠法三条但書の免責の抗弁

被告増田は、被告車に乗客を乗せて、片側二車線、制限速度時速五〇キロメートルの本件交通事故発生場所付近道路を長者町方面から山元町方面に向け進行していたが、途中、歩道寄り車線に停車して乗客を降ろした後、進路前方右側端のいわれのある泉で水を飲もうと考え、右側方向指示器を出し、後方の安全を確認したうえ発進し、中央寄り車線に車線変更しながら進行し、右転回するために再び右側方向指示器を出し、衝突地点付近でほとんど停止するような状態で対向車線の安全を確認したところ、対向車両が進行してくるのを発見し、次に後方の安全確認をしたところ原告車を発見したが特に危険を感じることもない距離であつたので、対向車両の通過をまつて右転回しようとして対向車両に注意しつつ停止しようとした際、原告車に被告車の右後部に追突されたものであつて、当時の状況下において運転上の注意義務を尽くしていたし、被告会社も被告増田の選任監督、被告車の整備その他運行管理上の注意義務の懈怠はなかつた。

にもかかわらず本件交通事故が発生したのは、被告車の後方から原告車を運転してきた原告が、被告車が右側方向指示器を出しているのを事前に確認しながら、制限速度をはるかに越える時速八四キロメートル余の速度で、しかもその後の被告車の動静を注視することなく、加えて、歩道寄りの車線上を進行すべきである(道路交通法二〇条一項参照)のに、中央線寄り車線上を進行したためである。

以上のとおり、被告会社及び被告増田は被告車の運行に関し、何ら注意を怠つておらず、本件交通事故はもつぱら原告の制限速度遵守義務違反、前方車両の動静注視義務違反、運行区分遵守義務違反等の過失によつて発生したものであり、また、被告車に構造上の欠陥も機能の障害もなかつたから、被告会社は自賠法三条但書により免責され、本件交通事故につき責任がない。

2  過失相殺の抗弁

仮に、本件交通事故の結果につき被告会社に自賠法上の責任があるとしても、本件交通事故は前記のとおり原告の制限速度遵守義務違反、前方車両の動静注視義務違反及び通行区分遵守義務違反等の過失も原因となつて発生したものであるから、原告に対する損害賠償額の算定にあたり右過失を斟酌することを求める。

3  損害の填補 合計金三四一万円

原告は、本件交通事故による損害につき、東京海上火災保険株式会社から次のとおり自賠責保険金の支払を受けたので右金額を原告の損害額から控除すべきである。

(イ) 昭和四九年七月二三日傷害による損害分として金八〇万円

(ロ) 昭和五一年三月二八日後遺障害による損害分として金二六一万円

4  共同不法行為の成立に対する主張

本件交通事故の発生についての被告増田の運転上の過失と、被告村山の診療上の過失とは、仮にこれらが認められるとしても、行為の類型が異なり別個のものとみるべきであるから、被告会社は、被告村山の診療上の過失に基づく原告の損害については何ら賠償責任を負わない。

五  被告会社の主張に対する原告の認否

1  被告会社の主張第1項の抗弁は争う。

2  同2項の抗弁は争う。

3  同3項の事実は認める。

4  同4項の主張は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件交通事故の発生

請求原因1項の(一)ないし(四)の事実は原告と被告らとの間に争いがなく、同項の(五)の事実は原告と被告増田及び被告会社との間では争いがなく、原告と被告村山との間では後記三ノ冒頭掲記の各証拠によりこれを認めることができる。

二  原告の受傷内容、診療経過及び後遺障害

いずれも成立に争いのない甲第二号証の一、二、第三号証の一、三、第八号証の一ないし三、第一〇号証、乙第一号証の一、二、第二号証の一、二、第三ないし第五号証、第七号証の一ないし七、第八号証の一ないし三、いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証の三、第三号証の二、四、第六号証の一、二及び証人丸橋實、同佐藤功の各証言、原告本人の供述(第一回)、被告村山浩本人の供述(一部)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる(ただし、請求原因2項の(一)及び同(二)の(1)の各事実は原告と被告村山間において争いがない。)。すなわち、

1  原告は、昭和四九年三月二五日、本件交通事故により右股関節脱臼及び顔面挫創の傷害を負い、村山外科医院に入院した。原告の右股関節脱臼については、寛骨臼後部骨折等を伴つておらず、非手術的整復が十分可能な状態にあつた。

2  被告村山は、前同日、原告の傷害に対する治療のため、右股関節脱臼部分に非手術的整復術を試みた後、整復状態を良好に保つ目的でキルシナー鋼線による持続的けん引療法を開始したほか、顔面挫傷部分に対し縫合、湿布等の処置を行なつた。

3  原告は、前同日から同年五月二七日までの合計六四日間村山外科医院に入院し、被告村山は、その間、原告に対し、大要次のとおりの診療を行なつた。その結果、原告の顔面挫創については治癒をみたが、右股関節脱臼の症状については好転しなかつた。

(一)  腰部レントゲン検査を前同年三月二五日、同年四月一日、同月一五日、同年五月一日、同月一三日に行なつた。しかし、いずれのレントゲンフイルムも原告の右股関節脱臼部の整復が不完全であることを示している。

(二)  前記キルシナー鋼線による持続的けん引療法を同年三月二五日から同年四月一一日まで行なつた。

(三)  右腰部から右大腿、右下肢、右足までギブスによる固定療法を同年四月一五日から同年五月一三日頃まで行なう。

(四)  松葉杖による歩行訓練を同年五月一四日から退院時まで行なう。

(五)  マンニトール(脳圧降下、利尿剤)注射を入院日から同年五月一六日まで計五二回。アドナ(止血剤)注射を入院日から退院日まで計五九回。テラマイシン(抗生物質)注射を入院日から同年五月一〇日まで計四七回。

(六)  右下肢筋肉萎縮に対する赤外線照射療法を同年四月二四日から退院時まで行なう。

(七)  キモタブ(消炎酵素)錠剤を計五二回、ソルベン(緩下剤)を計四回、鎮痛剤を計五六回それぞれ投与。

4  原告は、村山外科医院における右股関節脱臼の診療に不安をいだき、昭和四九年五月三〇日、横浜市大病院において診断を受け、右陳旧性外傷性股関節脱臼の傷病名で、同年六月七日から同年九月二八日までと昭和五〇年七月一一日から同月二〇日までとの合計一二四日間同病院に入院し、その間、昭和四九年六月二〇日に、右股関節固定手術を受け、昭和五〇年七月一七日に、右股関節の抜釘手術を受けた。そして、再退院後も同年一一月二五日まで同病院に通院(診療実日数一一日)したが、結局、請求原因2項の(三)記載のとおり後遺障害が残つた。

なお、右後遺障害の症状固定時は昭和五〇年一一月二五日とされた。

5  外傷性股関節脱臼の診断治療においては、受傷初期において脱臼部分の完全な整復を行なうことが、予後にとつて最重要であつて、原告が昭和四九年六月二〇日に、前記のとおり右股関節固定手術を受けた際には、すでに右股関節脱臼について観血整復手術を受けるには手遅れの状態にまで周辺組織が悪化していた。

以上のとおり認定することができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

三  責任原因

1  被告増田

前記一の事実に、いずれも成立に争いのない甲第四号証の一、二、丙第三、第四号証、原告本人の供述(第一、第二回)の一部、被告増田勝洋本人の供述及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。すなわち、

(一)  本件交通事故発生場所付近の道路状況は別紙交通事故現場見取図(以下、見取図という。)記載のとおりである。

右道路の路線は片側二車線で、直線状をなしており見通しはよく、長者町方面から山元町方面に向け五ないし六パーセントの上り勾配となつている。路面はアスフアルト舗装で当時乾燥していた。速度制限については最高速度が時速五〇キロメートルと指定されていた。

(二)  被告増田は、昭和四九年三月二五日午前一一時過ぎ頃、被告車に乗客を乗せて、本件交通事故発生場所手前の道路上を長者町方面から山元町方面に向けて運転し、見取図記載の<->点付近に停車して乗客を降ろしたが、見取図記載の街路灯付近にあるいわれのある泉で水を飲もうと考え、被告車を発進させた後、まず、右側方向指示器による合図をして中央線寄り車線に進路変更したうえ、徐行しながら進行し、次いで、本件交通事故発生場所の直前に至つて前記泉のある地点に向けて右折ないし右転回するため再び右側方向指示器による合図をし、前方対向車線上を進行してくる車両の動静に注意を払い、同車線を進行してきた一台の車両が通り過ぎるのを待つたが、後方確認を十分に行なうことなしに、右折ないし右転回を開始し、その直後に、見取図記載の<×>点において被告車の後部に原告車が衝突した。

(三)  原告は、本件交通事故発生場所手前の道路上を原告車(ホンダ・CB・七五〇CC)を運転して長者町方面から山元町方面に向け中央線寄り車線を進行中、道路前方の左側車線上に停車している被告車を認めたがそのまま進行しやがて被告車が右側方向指示器を点滅し始めたのに気がついたが、右の点滅を被告車の発進の合図にすぎないものと速断し、被告車を追い抜くために、その後の被告車の動静をよく注視することなく、加速して中央線寄り車線を進行したところ、本件交通事故発生場所の約三五・七メートル手前の見取図記載の<イ>点付近に至り本件交通事故発生場所付近の中央線寄り車線上で被告車が右折ないし右転回しようとしているのに気づき、衝突の危険を感じてあわてて二輪制動の方法により急制動の措置を講じたが間に合わず、前記<×>点において被告車右側後部にほぼ追突に近い形で原告車を衝突させ、その衝撃で自己車(原告車)とともに左前方へはね飛ばされて前記二認定のとおり受傷した。

原告が被告車を追い抜くために加速した際の原告車の速度は、原告車のスリツプ痕がその開始地点から衝突地点まで長さ約二一・七メートルにわたり現場に残されていること、原告車の空走距離が一四メートルであること(このことは、前出甲第四号証の二と原告本人の供述(第二回)から明らかである。)、その他道路の勾配、路面の状況、原告車の制動方法等を総合考慮すると控え目にみても時速約七〇キロメートルを下らないものと推定される。

以上のとおり認められる。

原告本人の供述(第一、第二回)中には、被告車が当初停車していた地点は右認定の地点よりもつと本件交通事故発生場所に近い見取図記載点付近であり、被告車が右の停車地点から急に右折をしてきたので本件交通事故が発生した旨の供述部分があり、本件交通事故発生後半年以上を経過した昭和四九年一〇月一八日に行なわれた実況見分の調書である前掲甲第四号証の二にも同趣旨の原告の指示説明部分があるが、右供述部分及び右指示説明部分は、昭和四九年三月二五日に、すなわち、本件交通事故発生の直後に行なわれた実況見分の調書である前掲甲第四号証の一の被告増田の指示説明部分及びそれと同趣旨の被告増田本人の供述に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、右認定の事実を総合すれば、被告増田は、被告車を本件交通事故発生場所付近で右折ないし右転回を開始する際に後方確認を十分に尽くさなかつた点(被告増田が後方確認を十分尽くしておれば、原告車が後方から制限速度を超える速度で進行してくるのに気づき、事故を防止するための運転方法ができたとみられる。)に過失があり、本件交通事故は右過失も一因となつて発生したものと推認できる。

したがつて、被告増田は本件交通事故の結果につき民法七〇九条の責任があるというべきである。

2  被告会社

被告会社が本件交通事故当時被告車を所有し自己のために同車を運行の用に供していたことは原告と被告会社間で争いがない。

被告会社は、本件交通事故の結果につき自賠法三条但書の免責を主張するが、被告車の運行に関しその運転者である被告増田に過失が認められることは前記のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、右免責の主張は理由がない。

したがつて、被告会社には本件交通事故の結果につき自賠法三条本文による責任がある。

3  被告村山

請求原因3項の(三)の(1)の事実は当事者間に争いがなく、これと前記二認定の事実を併わせ考えれば、被告村山は、原告の右股関節脱臼の傷害を治療するため、昭和四九年三月二五日に右脱臼部に整復術を施行し、キルシナー鋼線による持続的けん引療法を開始するに際し、右脱臼部分を完全に整復し、それを確認したうえで右けん引療法を開始すべき注意義務があつたのにに、これを怠り、右脱臼部分の整復が不完全な状態のままで右けん引療法を開始した点に過失(以下、本件医療過誤という。)があつたものといわざるをえない。

なお、被告村山浩本人の供述中には、被告村山は、昭和四九年三月二五日の整復術によつて原告の右股関節の脱臼部の完全な整復をなした旨の供述部分があるけれども、右供述部分は、前掲乙第七号証の一ないし七(原告の腰部のレントゲンフイルム)及び証人佐藤功の証言に照らしとうてい採用できない。

他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、被告村山は、本件医療過誤から生じた原告の損害について民法七〇九条による責任がある。

4  被告らの右不法行為責任の相互関係について

すでに認定、説示した各事実に基づき、右不法行為責任の相互関係について考察する。

(一)  まず、被告増田の民法七〇九条による責任と被告会社の自賠法三条による責任との関係については、被告増田と被告会社とは、前者が被告車の運転者として、後者がその運行供用者として、それぞれの立場において本件交通事故より原告に生じた同一の損害を賠償する債務を負担するものであるから、右の両債務は不真正連帯の関係にあるとみるべきである。

(二)  次に被告増田の本件不法行為と被告村山の本件不法行為との関係について検討する。前者が交通事故惹起に関する過失によるものであるのに対し、後者は交通事故により受傷した者の収容入院先において発生した右受傷部位の診療に関する過失によるものであるところ、右各過失の点に着目するとき、これらの過失は、もとより相互に何ら意思連絡等のないもので、時間的、場所的にも隔りのある別個の過失行為を内容とし、また、行為類型の点においても別異のものであることが明らかである。

しかしながら、原告の蒙つた損害の点に着目すると、被告増田の過失行為による損害と、被告村山の過失行為による損害とは、その大部分において重なり合い、混り合つているから、これらの損害を明確に分断し、その損害額を各個、別々に算定することは困難であり、結局、これらは渾然一体となつた一個の損害とみるのが相当である。そしてこの一個の損害と被告増田、被告村山の各過失行為との間にはいずれも事実的因果関係を首肯しうる。

右のとおり、被告増田の本件不法行為と被告村山の本件不法行為とは、損害が同一である点において、民法七一九条にいう共同不法行為の一つとみて差支えなく、したがつて、右損害は、原則として両者において連帯して賠償すべきものである。

しかしながら、右両被告の本件各過失行為が互に別異のものであることはさきにみたとおりであるから、右損害に対する右各過失行為の寄与率を判定、評価することが可能ならば、損害賠償の公平な分担の見地からみて、右寄与率を考慮して両被告の損害賠償責任の減責、各負担部分の評定がなされるべきである。本件におけるこの寄与率については後記説示のとおりである。

四  原告の損害

1  総損害 金二二三九万〇四五六円

まず、本件交通事故及び本件医療過誤(以下、まとめて本件事故という。)によつて原告に生じた総損害(後記の寄与率、過失相殺、填補、弁護士費用を考慮する以前の全損害)は次の(一)ないし(四)のとおりであり、この合計は金二二三九万〇四五六円となる。

(一)  村山外科医院入院関係費

合計金一一四万八三五三円

村山外科医院における入院につき原告に生じた損害は次のとおりである。

(1) 入院治療費 金八八万二六七八円

前掲甲第二号証の一、二によれば、原告は村山外科医院における入院治療費として少くとも患者負担分金八八万二六七八円の損害を蒙つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(2) 付添看護費 金二三万三六七五円

弁護の全趣旨により成立を認めることのできる甲第一一号証の一ないし六によれば、原告は村山外科医院入院中の全期間を通じ原告の付添看護した訴外光瀬秀子に対し、看護料及び紹介手数料として合計金二三万三六七五円を支払い同額の損害を蒙つたことが認められる。

(3) 入院諸雑費 金三万二〇〇〇円

原告請求の入院諸雑費一八八日分のうち村山外科医院に入院した六四日間につき、原告主張の一日金五〇〇円の割合で計算した金三万二〇〇〇円を原告の村山外科医院における入院諸雑費の損害と認めるのが相当である。

(二)  横浜市大病院入通院関係費 合計金三三万九五七〇円

次に、横浜市大病院における入通院につき原告に生じた損害は次のとおりである。

(1) 入通院治療費 金二七万七五七〇円

成立に争いのない甲第三号証の三によれば、原告は横浜市大病院における入通院治療費として、少くとも患者負担分金二七万七五七〇円の損害を蒙つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(2) 入院諸雑費 金六万二〇〇〇円

原告請求の入院諸雑費一八八日分のうち横浜市大病院に入院した一二四日間につき、原告主張の一日金五〇〇円の割合で計算した金六万二〇〇〇円を原告の横浜市大病院における入院諸雑費の損害と認めるのが相当である。

(三)  後遺障害による逸失利益 金一六八五万二五三三円

前掲甲第三号証の一、第四号証の二及び原告本人の供述(第一、第二回)並びに弁護の全趣旨を総合すれば、

(1) 原告は昭和三二年五月二二日生で、本件交通事故発生当時神奈川県立商工高等学校一年在学中の健康な男子であつて、将来については高校卒業後直ちに仕事に就くか、職業専門学校に通つた後仕事に就くか決めかねていた状態にあつたこと、

(2) 村山外科医院及び横浜市大病院に長期間入通院したため右高校を一年留年することを余儀なくされ、結局予定より一年遅れて昭和五二年三月に右高校を卒業し、同年四月から満一九歳で自動車会社に就職したが、その後職場を変えたりしながら自動車の整備関係の仕事や自動車運転の仕事に就いて前認定の後遺障害による右下肢の不自由さに耐えながら稼働していること、

以上がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、後遺障害によりその稼働能力を全部又は一部喪失した者は、喪失した稼働能力に対応する財産上の損害を蒙つたものと認めるのが相当であつて、その損害は、一般的には、稼働能力喪失状態の存続する稼働可能期間にその者が後遺障害を蒙らなければ得ることができるはずであつた全収入に稼働能力喪失割合を乗じて算定した逸失利益の額をもつて評価するのが相当である。

本件において、原告は、本件事故がなければ、少くとも高校卒業後満一八歳で就職して稼働を開始し、平均的稼働可能年齢である満六七歳までの四九年間は稼働することができたものと予測して差しつかえなく、その間毎年平均して昭和五三年(本件口頭弁論終結時になるべく接着する年度のものを使うのが合理的である。)「賃金センサス」第一巻第一表男子労働者の全産業、全規模、全新高校卒、全年齢平均年間給与額二九二万一八〇〇円を下らない額の給与を得ることができたものと予測されるところ(原告が職業専門学校を卒業し、二〇歳で就職したことを前提とすると、右「賃金センサス」の全高専、短大卒平均の年間給与額を使用し計算することになるから、六七歳までに原告の取得する合計給与額は認定合計給与額を上まわることになる。)、原告が自賠等級九級に該当する後遺障害を蒙つたことは前認定のとおりであり、右後遺障害の部位、内容、程度に原告の年齢、就職後の稼働状態その他諸般の事情を考慮すると、原告は右後遺障害により右稼働可能期間四九年を通じその稼働能力の三割五分を喪失したものと認めるのが相当である。

そこで、原告の右逸失利益をライプニツツ式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除し、本件事故時(当時原告は満一六歳)の現価に引き直して算出すると次の計算式のとおり金一六八五万二五三三円となる。

(計算式)

2,921,800×(18.3390-1.8594)×0.35-16,852,533

(四) 慰謝料 合計金四〇五万円

(1)  入通院慰謝料分 金一〇五万円

原告が本件交通事故等により蒙つた傷害の診療のための前記の入通院期間(入院日数合計一八八日、通院期間約四か月、ただし実日数一一日)その診療の経緯、内容、その他諸般の事情を斟酌すると、本件入通院慰謝料の額を金一〇五万円と定めるのが相当である。

(2)  後遺障害慰謝料分 金三〇〇万円

前認定の本件後遺障害の部位、内容、程度、その発生の経緯、態様その他諸般の事情を斟酌すると、本件後遺障害の慰謝料の額を金三〇〇万円と定めるのが相当である。

2  寄与率

被告増田(したがつて被告会社も同じ。以下同様)の寄与率は総損害の四割、被告村山のそれは同九割。

前認定の被告増田、被告村山の過失行為の程度、態様、前記総損害の内容、額に関する各点及びこれらから明らかな少くとも被告村山は自己の診療上の過失がなくても本件交通事故により原告が蒙つたであろう損害については全く寄与していないと考えられる点、被告村山の右過失に基づく原告の損害の拡大部分については被告増田の寄与率が少ない(もとより零ではない。)と考えられる点、以上の諸点及びその特徴を考慮、評価すれば、本件においては右両被告の各過失行為の総損害に対する寄与率を判定、評価することが可能であると考えられるところ、右の諸点その他諸般の事情を勘案し、被告増田の寄与率は総損害全体の四割、被告村山の寄与率は同九割(したがつて総損害の三割については右両被告のいずれもが共同して寄与している。)と評定するのが相当である。

3  過失相殺

(一)  原告の過失と被告増田の過失

前記三の1の(一)ないし(三)認定の事実を総合すれば、原告は、本件交通事故発生場所付近道路上を原告車を運転して進行するにつき、前方を進行していた被告車両の動静注視を怠つた点、制限速度を遵守せずに時速約七〇キロメートルを下らない速度で進行した点、自動二輪車の通行区分を遵守せずに中央線寄り車線を進行した点(道路交通法二〇条一項参照)に過失があり、本件交通事故は右過失が主因となつて発生したものというべきである。

そして、本件交通事故発生についての原告の右過失と前認定の被告増田の過失とにつき、それらの内容、程度を比較考慮すると、両者の過失割合は、原告の過失七割五分、被告増田の過失二割五分とみるのが相当である。

(二)  原告の過失と被告村山の過失

前記認定説示からすると、被告村山の診療上の過失に対する関係では原告の過失は見当らない。

したがつて、原告の損害につき被告村山が原告に対し賠償すべき損害負担部分を算出するにつき、同被告との関係では過失相殺をする余地がなく、被告村山は前認定の寄与率により原告の総損害の九割に当る金二〇一五万一四一〇円を負担すべきことになる(後記の過失相殺の結果、後記のとおり右のうち、総損害の一割に当る金二二三万九〇四六円については被告増田と連帯して被告村山が負担すべき関係になる。)。

(三)  次に原告の損害につき被告増田が原告に対し賠償すべき損害負担部分を算出するにあたつては、本件交通事故の発生についての原告の前記過失を斟酌するのが相当であるから、被告増田の前認定の寄与率(総損害の四割)による部分(これを寄与分という。以下同じ。)につき右(一)認定の過失割合にしたがつて過失相殺を行なうべく、またこの場合、公平の見地からして、まず被告増田の右寄与分(総損害の四割)のうちの同被告の単独寄与部分(右四割の寄与分から前記三割の被告村山との共同寄与分を差引いたもので、総損害の一割)につきまず過失相殺を行なうべく、なお、残余があれば被告村山との右共同寄与分(総損害の三割)につき過失相殺を行なうべきであり、このようにして過失相殺をなしたとき、結局、被告増田は総損害の一割(すなわち、これは右四割の寄与分の二五パーセント分で、かつ、右共同寄与分に含まれるもの)に当る金二二三万九〇四六円につきこれを被告村山と連帯して負担すべき関係にあると考えられる。

4  損害の填補

(一)  原告がその損害につき、被告会社から入院治療費金五万円、自賠責保険から保険金三四一万円(うち傷害分金八〇万円、後遺障害分金二六一万円として)の各支払を受けたことは、原告が請求原因5項において自認するところである。

(二)  まず、右金五万円については、これによつて、被告増田関係部分(被告増田の負担すべき部分、また、これは前記のとおり、被告村山の負担すべき部分のうち被告増田と連帯して負担すべき部分に当る。以下同じ。)につき損害の填補がなされたとみるのが相当である。

(三)  次に右自賠責保険金三四一万円については、前述した原告の蒙つた損害の性質(渾然一体性)、内容(特に、別異の過失に基づく点)を考慮し、かつ、自賠責保険制度の本来の趣旨等を併わせ考えるとき、右保険金によつて、まず被告増田関係部分につき損害の填補がなされたと考え、次いで残余があれば被告村山の単独負担部分(総損害の八割)につき損害の填補が及ぶとみるのが損害賠償の公平な分担の見地からして相当である。

(四)  以上によれば、被告増田関係部分金二二三万九〇四六円については、右金五万円及び自賠責保険金によつて、すべて損害の填補がなされたことが計算上明らかである。

また、被告村山の単独負担部分については、そのうち金一二二万〇九五四円につき右残余の自賠責保険金によつて損害の填補がなされたことになる。

したがつて、原告の損害の賠償として右被告らの負担すべき金額は、後記の弁護士費用を除いて被告増田分は零、被告村山分は金一六六九万一四一〇円となる。

5  弁護士費用 金一七〇万円

原告が本件訴訟追行を原告訴訟代理人らに委任したことは訴訟上明らかであり、本件事案の内容、審理の経過、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係がある損害として被告増田に負担させるべき弁護士費用の額は零、被告村山に負担させるべき弁護士費用の額は金一七〇万円と定めるのが相当である。

6  各被告の損害負担額

右のとおり、結局、原告の本件損害につき、被告増田、被告会社の連帯負担部分の額は零となり、被告村山の単独負担部分の額は金一八三九万一四一〇円となる。

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告村山に対し金一八三九万一四一〇円及びこれに対する遅くとも本件交通事故の日の後である昭和四九年三月二九日から右支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につき理由があるから右の限度でこれを認容し、被告村山に対するその余の請求、並びに被告増田及び被告会社に対する各請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 海老塚和衛 菅原敏彦 氣賀澤耕一)

別紙 交通事故現場見取図

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例